2013年12月28日

青春のクソ真実が ここにある 「楽隊のうさぎ」 


     鈴木卓爾監督作品「楽隊のうさぎ」。
    これは、中学ブラス・バンドの部活動を描いた映画である。

    
     しかし・・・・・やる気満々、一糸乱れぬチームワークで、見事全
    国コンクール制覇をなし遂げたバンドのサクセス・ストーリー・・・
    ・・ではない。

    
     ハハハのハ。

    
     むしろ逆。たいして音楽の才能があるわけではなく、ヒョロッとし
    た体型、ボーッとして青白く、やる気のない男の子が、なんとなくブ
    ラバンに入り、さほど熱中するわけでもなく、しかし、なんとか定期
    演奏会まで漕ぎつけるという、いわば、青春前期のアンチドラマ。

    
     そう、ここには、いわゆる青春を謳歌する花のドラマ性など、みじ
    んもない
    

     出てくる中学生は、みんな青白でヒョロリとしているし、音楽ひと
    すじに燃えているような若さや溌剌さも、ない。
     部活の指導をする若い男の教師も色白のオタクっぽい雰囲気だし、
    ねっ。

    
     まるで低温動物が集まって、しかたなくブラスバンドに関わってい
    るかのような、そしてそれゆえに、ものすごくさりげなく日常的な学
    生生活の断片が、ごくごく地味にスケッチされていく。
    

     青春であろうがなかろうが、男であろうが女であろうが、天才はと
    もかくとして大半の平凡な人間の日常の日々なんて、このようなアン
    チロマンの連続。


     だらたらと時間を流していくなかで、いつのまにか◎毛が芽生え、
    気がついたら◎慰に強依存し、勝手に誰かに恋なんかしてふられ、親
    や先生などをわけもなく嫌悪し、いつのまにか退屈な大人になってい
    く。

    
     フフフフのフ。

    
     トキメキもキラメキも、笑顔も涙も、嫉妬も怨念も、ないといえば
    嘘になるけれと、あるというのもオゴガマシク、そんなのは、マンガ
    が描き出した無責任な幻想にすぎないことを、誰もが、いつかは納得
    してしまう。

    
     ケケケのケ。

    
     そうだよ。99・99%の人間の人生は、いとも平凡に平板に、そ
    のようにして自動的・惰性的に、「過去化」していく。
    

     人の一生なんて、それ以上ではないし、それ以下でも、ない。
     でも、だからって、誰かに文句を言うのは、筋違いだって、大人に
    なってから気がつく人もいるし、気がつかない人もいる。

    
     人生いろいろ。
    

     異議なし、意義も、ない。たぶん、ね。

    
     そんなことを、教えてくれる「楽隊のうさぎ」は、素晴らしい映画なの
    かもしれないよ。きっと。
    

     ホホホのホ。

    
     そして、さあ。
     この映画を見て、「ツマンネー」と思うのは、典型的な自己嫌悪で、そ
    ういう人こそ、じつは「ツマンネー善人」なのかもしれないよ。
    

     ヒヒヒのヒ。
    
    
    

    
   
  

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2013年12月04日

「共喰い」  純情な男たちの 性と暴力の神話




   
     田中慎弥が芥川賞をとった「共喰い」を、あの青山真治が、映画化
    した。

    
     田中慎弥は下関市に住み、青山真治は北九州市の生まれ。この二つ
    の地方都市は、関門海峡をはさんで向き合っている。

    
     田中慎弥原作の「共喰い」は、どんよりとした地方都市を舞台にし
    て、性と暴力の神話的世界を暗い情念で塗り込めた小説。
     この二人、最初は体質が違うのではないかと思ったが、青山真治は
    かつて、「路地へ 中上健次の残したフィルム」という小品をまとめ
    た前科?があるし、「Helpless」という北九州市を舞台にし
    た作品で長編デビューをはたしているから、田中慎弥との接点は、む
    しろ濃厚である・・・といえるのかもしれない。

    
     追いかけているテーマは違うけれど、函館市を舞台にした「海炭市
    叙景」を、ぼくは、思い出していた。
     「海炭市叙景」は、熊切和嘉の監督作品で、原作は佐藤泰志。さび
    れた港町で、不器用に生きあぐねる無名の人間たちを、静謐なタッチ
    でスケッチした秀作である。

    
    
     佐藤泰志と田中慎弥は、世界は異なるけれど、表現力のオーソドッ
    クスな巧みさと作家としての地味な存在感という点では、どこか似か
    よったものがある。

     そして田中慎弥は、どす黒い情念のようなものを内部に抱えている
    のだけれど、佐藤泰志には、そのようにドロドロしたものはなく、む
    しろ清冽なリリシズムが通奏底音のように作品に鳴り響いている。
    

     ということで、青山真治は、体質的には田中慎弥よりも佐藤泰志の
    ほうに共通する因子をもっているのではないのか。

    
    
     映画「共喰い」は、じつによくできた作品で、映像もいいし、抑制
    的な音楽もいいし、俳優たちもみな素晴らしい。
     しかし、主役の遠馬を演じた菅田将渾が言うように、青山監督の作
    品における性描写は、「品があって美しく、すこしもいやらしいとこ
    ろがない」。

     これは、中上健次が描く世界とも違うし、田中慎弥がかかえる情念
    ともまったく違う。

    
     田中慎弥は奇妙にへそ曲がりした男なので、最初は「映画は原作を
    こえられない」みたいな虚勢をはっていたけれど、完成した作品を見
    せられたら、「ほぼ絶賛」に豹変していた。爆笑?
    

     小説「共喰い」がもつドロリとした情念は、まさに田中慎弥の肉体
    の内部に巣くう黴菌(=虚勢)なのだが、その菌が宿る肉体そのもの
    は、じつはとてもピュアで純情なものであることが、はらずも露呈し
    たのが、この映画化だったといえそうだ。

    
     ははははは。めでたし、めでたし。
     田中慎弥も、青山真治も、じつは、とても純情な男なのだ。
    
    


    
    
  

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2013年12月03日

トム・ハンクスに アカデミー賞を 贈りたい




     次回のアカデミー主演男優賞は・・・トム・ハンクスにあげてもい
    いと、不覚にも思ってしまった。

    
     思えばこの人、若き日にアイドル・スターではなかったし、もとも
    とイケメンでもないし、個性の強い演技派でもないし、地味でフツー
    の俳優だった。
     映画界で、よくもここまで、生き長らえてこられたものだと思うく
    らい、普通っぽい男だ。

    
     そのトム・ハンクスが、最新作「キャプテン・フィリップス」で演
    じる主人公も、退屈なほどマジメで善良なオジサン。
     思わぬ窮地に立たされると、自分が人質になって部下を救おうとす
    るのだけれど、人質になって死を覚悟したときには、ひたすら家族の
    ことを心配し、荒波に揺れる救命ボートのなかですら、命がけで妻に
    手紙を走り書きしたりする。

    
     こうした行為が、淡々と厭味なくできて、なにも嫌らしくはなく、
    かっこよくもないのは、ひとえにトム・ハンクスの「普通の人間らし
    さ」のおかげであり、この作品が日本で、かなりの好感度をもって受
    け入れられたのも、トム・ハンクスの「どこにでもいそうな、あ
    りふれたオジサンらしさ」が、演技というよりは、生(き)のままの
    人柄の説得力となったからだろう。

    
     ソマリア沖で発生した貨物船ハイジャック事件を、ドキュメント・
    ドラマを得意とするポール・グリーングラスが、じつに見事な演出て
    、好感度の高い娯楽作品に仕上げたため、2時間14分、観客は客席
    から前のめりになって、事のなりゆきを凝視してしまう。
     つまり、客席は、フツーのオジサンであるトム・ハンクスの応援団
    と化してしまうのだ。

    
     なぜなのか。

     それは、この「キャプテン・フィリップス」が、海賊と軍事国家が
    闘う戦争映画ではなく、民間の貨物船の船長とクルーが、ソマリアの
    黒人海賊と戦うアクション・ドラマ。要請をうけて乗り出した海軍も
    、人質になったアメリカ国民の人命救助を最優先にしている。
     つまりここには、国家の権力や威信なとどいうきな臭い思想・感情
    は存在せず、ひたすら人間中心のヒューマニズム。
     そして、もはや死を観念している船長は、届くはずもない声を家族
    に向けて発していく。その原寸大の人間臭さと弱さに、観客は共感し
    ていくのだ。

    
     トム・クルーズでは力がありすぎて不適格。ダスティン・ホフマン
    ではキザ。ダニエル・デイ・ルイスでは、俗っぼさがない。

     この実話の主人公であり、原作本の著者であるリチャード・フィリ
    ップスいわく・・・・
    「私は、ごく普通の男。利口でもなく、
    勇敢でもなく、英雄でもない」
     そう、世界中のどこにでもいる、原寸大の平凡で家族思いの市民で
    あるオジサンの飾らない人柄と海賊との闘いに、世界の観客は拍手と
    共感を惜しまない。
    

    
     そうです。世界の人口の99%は、キャプテン・フィリップスやア
    ナタと同じ、権力とは無縁な、善良で名もない市民によって構成され
    ているのです!

     万歳! トム・ハンクス!
     ぼくがアカデミーの会員だったら、迷うことなく、来年の主演男優
    賞は、彼に贈ります。

    
    
     おっとっとっと! 忘れていました。
    

     この「キャプテン・フィリップス」には、もうひとつ見どころが
    ありました。
     それは、海賊を演じている黒人の男たちです。
     彼らは、在米ソマリア人のメンバーのなかからの公募により選ばれ
    た人たちで、純粋の素人俳優なのです。
     ところが、そのハングリーな風貌が圧倒的な現実感で、観客をとら
    えます。なかには、目をぎろつかせた骸骨そのもののような男もいた
    りして、観客を恐怖のどん底に陥れるのです。
     このすごい存在感を、ぜひスクリーンで確認してください。
    

    
    
    
  

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