2012年11月26日

ニーチェは ほんとうに発狂したに違いない



 
    ニーチェは、
    イタリアのトリノで、
    鞭打たれて疲弊した馬に出会い、
    駆け寄って卒倒したあと精神が崩壊して発狂してしまった、
    という。

    
    ほんま、かいな?

    
    もともとニーチェは、
    晩年には精神を病んでいたという話もあるので、
    馬を見て発狂したというのは、
    とても彼らしいエピソードではある。

    
    ニーチェは発狂して精神病院に入ったけれど、
    トリノの馬は、その後どうなったのか。

    
    これは、
    「誰も知らない」
    ということになっている。

    
    
    さて、2011年に、
    そのトリノの馬のことを映画化した人がいる。

    
    ハンガリーの鬼才、
    タル・ウェーラだ。

    
    ぼくが、
    「ヴェルクマイスター・ハーモニー」で度肝を抜かれ、
    「サタンタンゴ」で、腰の骨まで抜かれてしまった、
    あの監督。

    
    タル・ヴエーラは、もともとは、
    哲学者になりたかった学生だったというから、
    ここで、ニーチェが登場するのは、
    彼にとっては、歴史的必然になるのだが、
    ぼくたちにとっては、
    「殿、ご乱心」のようなものかもしれない。

    
    
    作品の英語題名は、
    「トリノの馬」。
    それが日本では、2012年の2月に、
    渋谷のイメージ・フォーラムで、
    「ニーチェの馬」として公開された。

    
    そして、DVDが発売されたのが、
    2012年11月。
    販売価格は、5040円。

    
    あいかわらず高い。
    だけど、「ニーチェの馬」に限っては、
    高いとは思えなかった。

    
    
    しかし、この「ニーチェの馬」は、
    その後の馬の物語ではない。

    
    その馬の持ち主である初老の男と、
    そのひとり娘が登場するけれど、
    馬は、ただ馬小屋に蟄居していて、
    食欲がなくなっているだけだ。

    
    だから、この作品は、さも、
    「ニーチェの馬の持ち主の後日談」
    のような体裁はとっているのだが、
    そこで描かれているのは、
    世界の週末、ではなくて、終末である。
    つまりそれは、
    人類の終末を意味している・・・
    といっていいだろう。

    
    
    突然、砂嵐の暴風になり、
    それが6日間も続く。
    馬は、食物をとらなくなる。
    井戸が枯れる。

    
    初老の男と娘は、
    その場所から逃げ出して行こうとするのだが、
    行き場がなくて戻ってくる。

    
    
    世界の終末は、
    タルコフスキーの「サクリファイス」にも登場するけれど、
    あの作品の場合には、原因がはっきりしていて、
    核の恐怖が軸になっている。

    
    「ニーチェの馬」では、
    世界の終焉の原因は具体的ではなく、
    近代・現代の人類の歩みそのものが、
    破滅に向かっていることを暗示している。

    
    
    上映時間は、158分。
    ドラマらしいことは、なにも起こることなく、
    人間も、さしてあわてふためく様子はない。
    台詞らしい台詞もない。

    
    ひたひたと忍び寄る終末の予感・・・・。
    彼らは、こぶし大のジャガイモを茹でて食べる。
    ほんのひとふりの塩をかけるだけで、
    あとは果実酒のみ。
    
    
    これは、世界が目にする、
    「もっとも緊迫感に満ちた映画」であり、
    「タル・ヴェーラの最後の映画」。
    そして、見る人によっては、
    「死ぬほど退屈な映画」でもある。

    
    
    2011年ベルリン国際映画祭の、
    銀熊賞(批評家連盟賞)受賞作品。
    同じ年にカンヌでグランプリをとった、
    ソクーロフの「ファウスト」よりも、
    はるかに先鋭的で、優れた作品。

    
    カンヌは、ベルリンを意識したのではないか。
    しかし、
    ベルリンを選んだタル・ヴェーラは、すごい。


    
    
    
    
   




Posted by kimpitt at 20:29│Comments(0)
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