2012年07月20日
「苦役列車」の 魅力と欠点
忘れられない名シーン、
といえるものが、数カ所ある。
ひとつは、
貫太と高橋(日雇いの仕事仲間)が酒場にいるシーン。
カラオケで、「襟裳岬」が流れてくる。
その下手な歌いぶりにむかついた高橋が、
松葉杖でヨタヨタと歩み寄り、
マイクを奪い取って歌い、終わると席へ戻り、
吐き捨てるように、
「夢なんかなんの役にも立つもんか」
おそらくは自分に言い聞かせるかのようなセリフ・・・
社会の澱のようになって底辺で生きる男の悲しみが、
胸をつく。
ひとつは、
貫太と日下部(バイト仲間の大学生)と康子(古本屋のバイト店員)
の3人が、人けのない海辺で、
その場の勢いで、つぎつぎと下着姿になって海に入り、
はしゃぐシーン。
いずれも冴えない若者といえる彼や彼女たちの、
やり場のない鬱屈を無為に発散させる束の間の逸脱が、
じつに鮮やかに描写され、
若き日のトリュフォーかゴダールかと。
ひとつは、
康子のアパートの前で、夜、
すぶ濡れになったまま立ちつくす貫太と、
そこへ帰宅してきた康子。
やにわに康子に抱きつこうとして倒れた二人。
「やりたい」と口ばしる貫太を、
オデコでどつく康子は、
「友だちでなくなってもいいの?」
一方的な口説きのラブシーンは、
滑稽で、みょうにせつなく、
物理的な汚さと幼稚さが冴えわたる、
傑作なラブシーン。
まだ、ほかにもあるが、
いずれのシーンも、
しがない生活にもがく人間が背負った、
本人たちも気づいていない悲しみ・やるせなさ・辛さが、
たわいない行動によって鮮やかに描出される。
ウマイなあ!
山下敦弘監督は、とにかくウマイし、
その人を見つめる目には、
独特の優しさがある。
俳優たちも、ウマイ。
森山未来の堂に入った熱演。
良い意味でアイドルらしさのない前田敦子の純真な表情。
マキタ・スポーツの鬱屈した佇まい。
田口トモロウの飄々とした言動(彼は、「あぜ道のダンディ」で、
傑出した名演技を見せている)
「苦役列車」は、
原作に、かなり手を加えてはいるものの、
見事にそのニュアンスを映像化し、
傑作ではなく、
秀作ともいえないが、
じつに魅力的な作品になっている。
これは、ひとえに、
監督の山下敦弘の実力であり、
脚本の「いまおか しんじ」の力量も無視できないだろう。
しかし、いまひとつ出来上がりに深みがないのも、また、
山下敦弘監督のせいだといいたい。
盟友であろう熊切和嘉の「海炭市叙景」の域に迫るために、
山下敦弘に求められるものは、
己の映像作家としての才覚を、
潔く捨てることかもしれない。
Posted by kimpitt at 20:25│Comments(0)