2012年01月08日

「死と生」から逃げる人へ 映画「エンディング・ノート」



    話題のドキュメンタリー作品「エンディング・ノート」。
    これを監督したのは、砂田麻美という、
    34歳の女性である。
    
    定年退職した父親に胃ガンが発見され、
    それから半年後に死を迎えるまでの日々を、
    記録したものだ。
    
    彼女は、
    是枝裕和の助監督をしてきた人で、
    まず最初に、師匠ともいうべき是枝監督に、
    この作品の母体となったものを見せた。
    
    是枝裕和監督は、
    身内を素材にしたセルフドキュメンタリーの類が、
    好きではなかった。
    その理由は、
    「語りやすいけれど、最初によく知っているものなど手がけると、
    次回作が苦しくなる」
    
    しかし彼は、
    砂田麻美の試作品については、
    「撮られている者と、撮っている自分について、
    映像作家としての冷静な批評性を、もっている」
    と称賛し、プロデューサーを引き受け、
    制作資金まで出してしまったのだという。
    
    
    この作品の後半に、
    父親の死期をさとった長男の息子が、
    担当の医師に、こう質問する。
    「人は死ぬとき、どうなるのですか。たとえば意識とか・・・」
    映画では、明確な回答は提示されない。
    
    しかし、じつは、ぼく、
    ホスピス病棟の看護婦長を招いて勉強会をしたときに、
    同じ質問をしたことがある。
    
    おそらく、
    100人を超える人たちの死を看取ってきたであろう彼女は、
    即座に、こう答えた。
    「医学的な統計ではなく、わたしの経験にすぎませんが、
    人間は死ぬときに、3つの兆候を示します。
    〔人恋しくなる〕
    〔最後に人を選ぶ〕
    〔死ぬ時間を選ぶ〕
    意識のある方は、どなたもそうでした」
    
    ここでは詳しい解説は割愛するけれど、
    そこでぼくが学んだのは、
    「人間は、ひとりでは生きていけないけれど、
    死ぬときも、ひとりでは死ねない」
    ということだった。
    
    
    「エンディング・ノート」は、
    父親の退職直後のガンの宣告から、
    彼が死の準備を着々と進めていくあたりを、
    爽やかともいえる明るいタッチで、
    綴っていく。
    それは、死期が迫るという重さとは無縁で、
    見ていて、さほど暗い気分にはならない。
    
    ところが、
    最後の1週間になると、
    描写そのものは淡々としてはいるものの、
    にわかに画面に緊迫感が生まれ、
    それがフィクションではないという事実認識のせいもあり、
    すごい力をもって観客の心をえぐっていく。
    
    ただし、それは前日まで。
    肝心の最後の日についての描写は、なにもない。
    これは、撮影しなかったのか、
    撮影できなかったのか、
    撮影したけれど使えなかったのか、
    わからない。
    
    そしてそれが、
    砂田監督の判断なのか、
    プロデューサー是枝裕和の指示なのかも、
    わからない。
    
    しかし、いやしくも表現者であるなら、
    するりと通過するのではなく、
    なんらかの方法で、最後の日にも触れるべきではなかったか。
    
    ふと、そんな不満を感じた。
    
    ちなみに、ぼくは、
    母親が死んだとき、
    その死に顔に向けて、数枚シャッターを切った。
    フィルムを現像し、ベタの紙焼きは見たけれど、
    引き伸ばしはしないまま、しまいこんでしまって、
    二度と見ることはなかった。
    
    
    ともあれ、「エンディング・ノート」は、
    甘さは隠せないが、
    優れたドキュメンタリーである。
    そして、東日本で発生した一連の大災害ほどではなににせよ、
    見た人の人生観を揺るがすだけの力をもっている。
    
    
    ぼくたちは、いつも逃げている。
    「他人の死」からも、「自分の生」からも。
    その逃げの姿勢を、
    この作品は問い詰めてくるはずである。
    
    
    
    
   




Posted by kimpitt at 15:55│Comments(0)
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