2011年11月30日
元祖デリバリーの現実
ロンドンからDVDが無事に届くたびに、
ぼくは静かに感動する。
これは、国際的宅配便といえるが、
これがぼくのところへ届くためには、
さまざまな人が、きちんと役割を遂行しなければならない。
ロンドンでも、東京でも、静岡でも。
いかがわしいことをする人間も少なくないけれど、
愚直に、誠実に、真摯に、仕事をこなしている人は、
たくさんいるのだろう。
さて、古典的デリバリーとしては、
新聞配達がある。
これは、外国にはない制度らしい。
このまえ、あるミーティングで、
たまたま隣の席に、経験者がいたので、
なにげに話を聞いた。
それによると・・・・。
報酬は、約25万円。
勤務は、夜明け前に午前2時から朝の6時まで。
これが、朝刊の仕事。
そして、午後2時から午後6時までが、夕刊である。
そうなると、
午前6時に帰宅して、仮眠をとると、
すぐに夕刊の仕事の時間になる。
余暇時間というのは、午後6時から午前1時ごろまで。
それだけだ。
配達する部数は、場所によっても異なるけれど、
平均すると、300部程度。
月に2回、3連休があり、
その時には、代替者が配達を担うことになっている。
どこの新聞店も、正規の職員として、
代替者をおいているという。
地方では少ないらしいけれど、
都内などには専用の宿舎も用意されている。
しかし、長続きする人は、
ほぼ半分くらいだというから、
キツイ仕事なのだろう。
部数の拡販という役割もあり、
持ち分の配達部数が減ると、
それをカバーしなければならないらしい。
コンビニでも新聞は売っているけれど、
毎日買いに行くのは、シンドイから、
宅配というのは、ほんとうにありがたい。
しかし、誰かが便利を享受する裏には、
誰かの努力・献身が不可欠なのだ。
人生にとって大事なことは、
ほとんどこのような裏方の地道な努力によって、
支えられている。
Posted by kimpitt at 17:14│Comments(0)